定量的マクロ経済分析:Part 1#

in English or the language of your choice.

import japanize_matplotlib
import numpy as np
import pandas as pd
import py4macro
import statsmodels.formula.api as smf

# 警告メッセージを非表示
import warnings
warnings.filterwarnings("ignore")

はじめに#

本章と次章の目的は,回帰分析,差分方程式,ランダム変数を駆使し,定量(数量)的マクロ経済分析をおこなうことである。使うモデルは,中級レベルのマクロ経済学ではお馴染みの総需要・総供給モデル(ADASモデル)である。より具体的には,次の2ステップに分けて定量分析をおこなう。

  1. 景気循環に関するデータに基づきADASモデルのパラメーターの値を設定するカリブレーションと呼ばれる作業をおこなう。

  2. ADASモデルの数量的な特徴を確認し,次の問いを検討する。

    GDPと価格水準の長期トレンドからの乖離(%)の変動は,何パーセントが需要ショックにより引き起こされ,何パーセントが供給ショックに起因するのか?

本章では1について解説をおこない,次章で2について議論を展開する。

通常の教科書でのADASモデルを使う分析では,パラメータの符号(正か負)のみを仮定し,比較静学に基づきモデルの定性的な特徴や予測を考察する。例えば,政府支出の増加を考えてみよう。利子率は上昇し,短期的にはGDPも増加することになるが,「GDPの増加」は定性的な結果(予測)である。このような分析は経済を理解する上で有用な方法であるが,例えば,「GDPがどれだけ増加するのか」について答えることはできない。GDPの増分がどの程になるのかは,定量的な問題(予測)であり,総需要曲線と総供給曲線の傾き等の値を設定してこそ答えることができる問いである。

一方で,パラメータにランダムな値を使っても意味がある分析にはならない。そこで有用な手法がカリブレーションと呼ばれる分析方法である。詳細は以下で説明するが,簡単に言うと,カリブレーションではマクロ・データの特徴と整合的にパラメータの値を決定することになる。本章では,カリブレーションの考え方と中級+レベルで使えるツールを利用した方法を解説する。一旦,パラメータの値が決まるとより興味深い定量分析が可能となるが,次章で扱うことにする。

Note

ADASモデルの総需要曲線はISLMモデル(もしくは開放経済版であるマンデル=フレミング・モデル)から導出できる。即ち,ADASモデルの裏ではISLMモデルが動いているため,ADAS-ISLMと表現することもできる。一方で,殆どの大学院のマクロ経済学の授業ではADAS-ISLMモデルは学ばないのではないだろうか。その大きな理由は,合理的期待に基づく消費者・企業の最適化行動が明示的に反映されていないことである。その反動かもしれないが,ADAS-ISLMモデルは「初学者用」と思われる傾向がある。しかし実際には,政策を検討する際にADAS-ISLMモデルは参考にされている。内閣府は「経済環境の変化や財政金融政策が経済に与える影響を定量的に評価するため」に短期日本経済マクロ計量モデルを研究テーマとして挙げており,そこで展開されるのはADAS-ISLMモデルの開放経済版(マンデル=フレミング・モデル)である。もちろん,変数や式の数は比べものにならない程大掛かりなモデルとなっているが,基本的にはADAS-ISLMモデルである。

Hint

論文『経済マクロモデルについて ~その概要、歴史、シミュレーション等~』は,マクロ経済学において影響力があるモデルの歴史的な発展と現状について端的にわかり易く解説している。論文が掲載された「経済のプリズム」という雑誌は参議院事務局が編集・発行しており,政治家を主な読者としているためか,難しい数式は一切ない。興味がある人は是非読んでみよう。

ADASモデル#

ここでは総需要・総供給モデル(ADASモデル,Aggregate Demand and Aggregate Supply Model)の記号を整理し,景気循環データと整合性が保たれるように内生変数を解釈し直すことにより,定量分析の準備をおこなう。

モデルの構造#

短期総供給曲線(AS曲線)#

(112)#\[ P_t=P_{t}^e+a(Y_t-Y_{*})+v_t,\qquad a>0 \]
  • \(Y_t=\) 産出量の対数

  • \(Y_{*}=\) 自然産出量の対数

    • 資本蓄積や技術進歩などにより決定される。

    • トレンドに対応する。

    • ADASモデルでは一定と仮定する。下で仮定する需要ショックは一時的なものであり,トレンドには影響しないと仮定する。

  • \(P_t=\) 物価水準の対数

  • \(P_{*}=\) 物価水準の対数

    • トレンドに対応する。

    • ここでは一定と仮定する。下で仮定する供給ショックは一時的なものであり,トレンドには影響しないと仮定する。

  • \(v_t=\) 供給ショック

(112)自体はAS曲線の典型的な式となっている。一方で,定量分析のために次の点に関して解釈し直している。

  • 変数の定義:

    • 内生変数である\(Y_t\)\(P_t\)は産出量と物価水準の対数としている。同様に,\(Y_{*}\)\(P_{*}\)\(P_t^{e}\)も対数としている。対数として解釈することにより,ADASモデルを使ってデータを捉えやすくする利点があるためである。また,より複雑な非線形のADASモデルを均衡周辺でテイラー近似した結果と解釈しても良いだろう。テイラー近似の手法は,研究で広く用いられる方法である。

  • 産出量の長期的水準:

    • 長期均衡での産出量は自然産出量\(Y_{*}\)で与えられるが,これはGDPのトレンドと解釈する。以下の分析では,PHフィルターで計算した値を使うことになる。

    • 通常のADASモデルの仮定に沿って,総供給ショック\(v_t\)\(Y_{*}\)に影響を与えないとする。即ち,ここでの総供給ショックは,産出量と物価水準がトレンドから乖離する要因となるものであり,その効果は長期的な効果はないと仮定する。言い換えると,トレンドに影響を及ぼす供給ショックもあり得る訳だが,それらは対象とはなっていないことになる。

  • 物価水準の長期的水準:

    • ADASモデルでの長期的な物価水準とは\(Y_t=Y_{*}\)が満たされる\(P_t\)であり,基本的にはどのような値をとっても構わない。例えば,総供給ショック\(v_t\)0から0.5に増加(不利な総供給ショック)し,0.5が永続的に続く場合,長期的な物価水準は永続的に高くなる。しかし,ここで考える総供給ショック\(v_t\)は一過性のショックと仮定する。即ち,ある時は0.3-0.1などの値を取るが,それは短期的な現象であり,長期的には0に戻ると仮定する。この仮定により,長期的な物価水準\(P_{*}\)が存在することになり,それを物価水準のトレンドだと解釈する。産出量と同様に,HPフィルターを使って物価水準の長期的なトレンドを算出することになる。

適応的期待#

(114)#\[ P_t^e= P_{t-1} \]

適応的期待は「後ろ向き」の期待形成を仮定することになり,批判の的にもなり易い。しかし,最前線の研究でも取り上げられる場合があり,データの特徴を捉えた仮定と言えるだろう。

総需要・総供給ショック#

既に触れたが,ショック項\(u_t\)\(v_t\)は次の2点を満たすと仮定する。

  • 自然産出量\(Y_{*}\)に影響を及ぼさない。

  • 短期的なショックであり,永続的に正または負の一定の値を取り続けない。

この2つの仮定は,\(u_t\)または\(v_t\)0以外の値を取った場合,0に戻せば満たされることになる。

一方で,確率的シミュレーションを行う際は,毎期毎期において総需要ショックと総供給ショックが発生する状況を考える。その場合,次の2つの仮定の内の一つを採用することになる。

  1. ホワイト・ノイズ

\[\begin{split} \begin{align*} u_t&\sim\text{N}(0,\sigma_u^2)\\ v_t&\sim\text{N}(0,\sigma_v^2) \end{align*} \end{split}\]
  1. AR(1)自己回帰モデル

\[\begin{split} \begin{align*} u_t&=\rho_u u_{t-1}+e_{ut},\qquad u_t\sim\text{N}(0,\sigma_{eu}^2)\\ v_t&=\rho_v v_{t-1}+e_{vt},\qquad v_t\sim\text{N}(0,\sigma_{ev}^2) \end{align*} \end{split}\]

この章でおこなう確率的シミュレーションではホワイト・ノイズを仮定するが,AR(1)を使う場合は付録で扱うことにする。

Note

マクロ計量経済学の分野にベクトル自己回帰モデル(VAR, Vector Autoregression)と呼ばれる手法がある。その文献における「構造ショック」と\(u_t\)及び\(v_t\)がどう異なるかを考えてみよう。

VARモデルには構造型VARモデルと誘導型VARモデルの2つがあるが,ここで考えるのは前者である。その考え方を簡単に説明するために,例としてGDPと失業率の2変数のVARモデルを考えてみよう。構造型VARでは,\(t\)期のGDPは(i)\(t\)期の失業率,(ii)2変数の過去の値,(iii)\(t\)期のGDPショックの3つに依存すると考える。同様に,\(t\)期の失業率は同期のGDP,2変数の過去の値,そして失業率ショックに依存する。ここで重要になるのが次の点である。(ii)で使用する変数が十分に過去を遡った値(例えば,四半期データで\(t-1\)期から\(t-3\)期もしくは更に遡った値)であれば,(iii)のショックが次の3つの特徴を満たすということである。

  1. 均一分散

  2. 自己相関はない

  3. GDPショックと失業率ショックは無相関

このようなショックを「構造ショック」と呼ぶ。なぜそう呼ばれるかを直感的に考えてみよう。経済メカニズムにより発生する変数の動きは,時間的なラグが存在したり(例えば,雇用の調整にはコストが掛かるが,それが非常に高い失業率の持続性の一つの要因と考えられる),他の変数の過去の値から影響を受けたりする(例えば,失業している間に労働者のスキルは失われ,それが将来のGDPに負の影響を及ぼす可能性がある)。このような経済メカニズムに起因する効果を捉えたのが(ii)の過去の変数である。2変数の時間的なラグが十分に長くなれば,殆どの経済メカニズムの効果は捉えることができるため,残っているのは(iii)にある経済メカニズムと無関係な純粋にランダムはショックということになる。それを「構造ショック」としてGDPショック,失業率ショックと呼んでいる。

ADASモデルの\(u_t\)\(v_t\)はどうかというと,ADASモデルには十分な変数のラグが無いため上の「構造ショック」の3つの特徴を必ずしも満たすとは限らない。むしろ,\(u_t\)には\(p_t\)で捉えられていない政府,中央銀行,企業や消費者の\(y_t\)\(Y_t\)のトレンドからの乖離)に対する影響を全て反映しており,ここではそれを総需要ショックと呼んでいる。同様に,\(v_t\)は適応的期待と\(y_t\)で捉えられていない,企業などの\(p_t\)\(P_t\)のトレンドからの乖離)に対する影響を総需要ショックと呼んでいる。即ち,\(u_t\)\(v_t\)には経済メカニズムにより発生するショックを含んでいると考えることができる。従って,\(u_t\)\(v_t\)は,VARモデルでいう構造ショックとは異なることになる。

長期均衡#

長期均衡または定常状態(steady state)では次の条件が満たされることになる。

  • \(u_{t}=v_t=0\):ショックはない

  • \(P_t=P_*\)

  • \(Y_t=Y_*\)

図示#

ADASモデルを図示するとFig. 9のようになる。長期均衡においてAD曲線とAS曲線は\(P_*\)\(Y_*\)で交差することになる。短期均衡を考えるために,総供給ショック\(v_t\)が1期間だけ正の値を取り,その後は0になるとしよう。ショックが発生するとAS曲線は上方シフトし,産出量は減少し物価水準は上昇する。適応的期待により,ショックがなくなってもAS曲線は直ぐには長期均衡に戻らず,徐々に下方シフトすることになり,最終的には長期均衡に経済は戻ることになる。

このような分析は,教科書で解説される典型的な例である。長期均衡は安定的であり,産出量と物価水準は少しずつ動くという結果は直感的であり,わかり易い。しかし,このような定性的な分析からは,ショック発生後に経済はどれだけの時間をかけて長期均衡に戻るかについては何もわからない。また,長期均衡に戻るスピードが何に依存しているのかも分からない。AD曲線とAS曲線の傾きが影響を及ぼしそうだと想像できるが,傾きが急だと戻るスピードが早いのだろうか,遅いのだろうか。このような問は,定量分析をおこなうことにより簡単に確認することが可能となる。

_images/adas0.jpg

Fig. 9 産出量と物価水準で表したADASモデル#

均衡式#

ADASモデルとデータと整合性があるようにするために次の変数を定義しよう。

  • \(p_t=P_t-P_*\):価格水準のトレンドからの%乖離

  • \(y_t=Y_t-Y_*\):産出量のトレンドからの%乖離

\(p_t\)\(y_t\)を使ってAS曲線とAD曲線を書き換えることにする。

AS曲線#

(112)に式(114)を使い次の1行目となる。

\[\begin{split} \begin{align*} P_{t}&=P_{t-1}+a(Y_{t}-Y_{*})+v_t \\ &\Downarrow\quad\text{両辺から$P_{*}$を引く}\\ P_{t}-P_{*}&=(P_{t-1}-P_{*})+a(Y_{t}-Y_{*})+v_t \end{align*} \end{split}\]
(115)#\[\begin{split} \begin{align*} &\Downarrow\quad\text{上の定義を使う}\\ p_t &= p_{t-1}+ay_t +v_t \end{align*} \end{split}\]

この式はAS曲線を産出量と物価水準のトレンドからの%乖離で表している。また,この式から次のことが言える。

  • \(p_{t-1}\)\(y_t\)を所与とすると,総供給ショック\(v_t\)の1単位は物価水準のトレンドからの乖離を1%発生させる。

AD曲線#

まず長期均衡でのAD曲線を考えてみよう。

(116)#\[ Y_{*}=b-c P_{*} \]

\(u_t=0\)となるため,上の式が成立することになる。

次に,式(113)の両辺から\(Y_{*}\)を引くと次式となる。

\[Y_t-Y_*=b-Y_*-c P_t + u_t\]

また左辺の\(b-Y_{*}\)を削除するために式(116)を使うと

\[ Y_t-Y_*=cP_*-c P_t + u_t \]

となり,上の定義を使い次式を導出できる。

(117)#\[ y_t=-cp_t + u_t \]

この式はAD曲線を産出量と物価水準のトレンドからの%乖離で表している。また,この式から次のことが言える。

  • \(p_{t}\)を所与とすると,総需要ショック\(u_t\)の1単位はGDPのトレンドからの乖離を1%発生させる。

長期均衡#

長期均衡または定常状態(steady state)では次の条件が満たされることになる。

  • \(u_{t}=v_t=0\):ショックはない

  • \(p_* =0\):トレンドからの%乖離はゼロ

  • \(y_* =0\):トレンドからの%乖離はゼロ

図示#

ADASモデルを%乖離の変数\(p_t\)\(y_t\)で表した図がFig. 10である。原点が長期均衡となる。Fig. 9と同じように,総供給ショック\(v_t\)が1期間だけ正の値を取り,その後は0になる場合を考えてみよう。ショックが発生するとAS曲線は上方シフトし,産出量の%乖離は負の値となるが,物価水準の%乖離は正の値を取ることになる。ショックが0に戻った後,AS曲線は徐々に下方シフトし,最終的には長期均衡(原点)に経済は戻ることになる。以下の分析では,%乖離の変数である\(p_t\)\(y_t\)を使うが,Fig. 10を念頭に置き結果を解釈するとわかり易いだろう。

_images/adas1.jpg

Fig. 10 産出量と物価水準のトレンドからの%乖離で表したADASモデル#

景気循環のデータ#

この章では式(115)と式(117)を使い定量分析をおこなうが,まず,それらの式と整合性があるデータの特徴を考える。\(y_t\)\(p_t\)はトレンドからの%乖離となるため,py4macrotrend()関数を使い,対応する変数を作成することにする。

df = py4macro.data('jpn-q')
df.columns
Index(['gdp', 'consumption', 'investment', 'government', 'exports', 'imports',
       'capital', 'employed', 'unemployed', 'unemployment_rate', 'hours',
       'total_hours', 'inflation', 'price', 'deflator'],
      dtype='object')

\(Y_t\)にはgdpを使い,\(P_t\)にはdeflatorを使うことにする。

次のコードで作成するgdp_cycledeflator_cycleは,0を中心に上下する系列となる。

for c in ['gdp','deflator']:
    
    df[c+'_cycle'] = np.log(df[c]) - py4macro.trend( np.log(df[c]) )
    
df.head()
gdp consumption investment government exports imports capital employed unemployed unemployment_rate hours total_hours inflation price deflator gdp_cycle deflator_cycle
1980-03-31 269747.5 153290.7 65029.2 73039.5 18383.8 24278.8 834219.7 5506.000000 107.666667 1.900000 124.7 686598.200000 5.766667 71.015699 91.2 0.003269 -0.025798
1980-06-30 268521.8 153551.9 65316.6 72164.5 18631.4 25454.5 843000.2 5525.666667 110.000000 1.966667 124.8 689603.200000 8.166667 72.907806 93.4 -0.010845 -0.006555
1980-09-30 274183.1 155580.0 65765.9 72663.8 18449.3 23885.7 854753.4 5561.333333 116.000000 2.033333 124.0 689605.333333 8.200000 73.898630 94.4 0.000457 -0.000482
1980-12-31 279601.8 156162.4 66017.5 74761.1 19705.4 23716.5 868241.2 5551.333333 123.333333 2.166667 123.9 687810.200000 8.100000 74.771830 95.4 0.010468 0.005515
1981-03-31 281995.7 156757.7 66259.0 76127.6 20289.5 24174.1 879629.9 5568.666667 124.333333 2.200000 123.7 688844.066667 6.833333 75.694271 95.6 0.009441 0.003126

gdp_cycledeflator_cycleをプロットし,データのイメージを掴んでおこう。

ax_ = df.loc[:,['gdp_cycle','deflator_cycle']].plot()
ax_.axhline(0, color='red')
pass
_images/099b59639ea2518c6f19303d19d0ecff649a3e22bcd5c0c3085b468a76166730.png

以下では,gdp_cycledeflator_cycleの3つの特徴に焦点を当て議論を進めることにする。

データの特徴1#

y_std = df.loc[:,'gdp_cycle'].std()
p_std = df.loc[:,'deflator_cycle'].std()
print(f'GDPのトレンドからの%乖離の標準偏差:{y_std:.6f}')
print(f'デフレータのトレンドからの%乖離の標準偏差:{p_std:.6f}')

# 不偏分散の平方根
GDPのトレンドからの%乖離の標準偏差:0.014765
デフレータのトレンドからの%乖離の標準偏差:0.006958

2つの数値を比べると,GDPの%乖離の標準偏差はデフレーターの約2倍あることが分かる。これは上のプロットでgdp_cycleの変動幅が大きいことを反映している。

データの特徴2#

y_autocorr = df.loc[:,'gdp_cycle'].autocorr()
p_autocorr = df.loc[:,'deflator_cycle'].autocorr()
print(f'GDPのトレンドからの%乖離の自己相関係数:{y_autocorr:.3f}')
print(f'デフレータのトレンドからの%乖離の自己相関係数:{p_autocorr:.3f}')
GDPのトレンドからの%乖離の自己相関係数:0.681
デフレータのトレンドからの%乖離の自己相関係数:0.829

デフレータの方がより高い持続性(persistence; 慣性とも訳される)があることを意味する。

データの特徴3#

yp_corr = df.loc[:,['gdp_cycle', 'deflator_cycle']].corr().iloc[0,1]
print(f'GDPとデフレータの%乖離の相関係数:{yp_corr:.3f}')
GDPとデフレータの%乖離の相関係数:-0.234

この値は同じ期の相関係数であり,絶対値は小さく弱い関係にある。しかし,直感的にはgdp_cycledeflator_cycleの正の相関をイメージするのではないだろうか。正のGDPの%乖離は景気が良いことを示しているため,物価水準であるデフレーターもトレンドから正の方向に乖離するのではないか,という考えである。そのような考え方は基本的には正しいと言えるだろう。ただ,データを見る限り時間のズレがあるようだ。プロットを見ると,正の方向にGDPの%乖離が発生した後にデフレーターの正の乖離が発生しているように見える。次のプロットは,\(t\)期のgdp_cycle\(t+6\)期のdeflator_cycleを重ねて図示している。同じ方向に動いていることを示しているとともに,相関係数も約0.46となっており,正の相関を数値でも確認できる。一つの可能性として次の解釈が成り立つ。デフレーターの変化には時間がかかり,それは価格の粘着性の反映かもしれない。

t_shift = 6
tmp = df.copy()
tmp['deflator_cycle_shift'] = tmp['deflator_cycle'].shift(-t_shift)
ax_ = tmp[['gdp_cycle', 'deflator_cycle_shift']].plot()
ax_.axhline(0, color='red')
yp_corr_shift = tmp[['gdp_cycle', 'deflator_cycle_shift']].corr().iloc[0,1]
print(f'GDPと{t_shift}期先のデフレータの%乖離の相関係数:{yp_corr_shift:.3f}')
GDPと6期先のデフレータの%乖離の相関係数:0.460
_images/ffb76829420755caaa26e6d48ec352e35a212b5fc4055b0acf561e897da38161.png

これらのデータの特徴1〜3をどこまで再現できるかに基づいてADASモデルを評価することになる。

カリブレーション#

はじめに#

定量分析を進めるためには,ADASモデルのパラメータに値を設定する必要がある。 ここでは景気循環のデータに基づき,次の4つのパラメーターの値を決めていく

  • \(a\)\(c\)\(\sigma_u\)\(\sigma_v\) (標準偏差)

パラメーターの値の決め方には主に次の2つある。

  1. データに基づいて計量経済学的な手法などを用いて推定した結果を使う。

  2. 既存の実証研究で報告され推定値を使う。

多くの研究の場合,これらの方法を駆使して値を決めることになる。 また,必ずしも対象の経済モデルに基づいた推定結果でなくとも構わない。 以下では1番目の方法を使い議論を進めることにする。

カリブレーションとは#

2つの体重計があるとしよう。 一つは,市販の正確な体重計で誤差はない。 もう一つは自作の体重計で,作ったばかりなので精度に欠ける。 自作体重計にはスイッチが取り付けられており,それを調整することにより誤差を小さくし精度を高めることができる。 そのスイッチの使い方は次のようになる。 まず市販の体重計で自分の体重を測る。 次に自作体重計で測り同じ数値が出るようにスイッチを調整する。 このように,基準となる機器に基づいて測定器の誤差をなくすための調整をおこなうことをカリブレーションと呼ぶ。 自分の体重を使ってカリブレーションをおこない,親族や友達が使っても体重を正確に測れる場合は,手作り体重計の成功ということである。 一方で,自分以外の体重を測ると誤差が残る場合は,手作り体重計は100%成功とは言えないだろう。 60kg以上の体重は誤差が大きいが,60kg未満であればある程度の精度が確保できている場合はどうだろうか。 「60kg未満の体重を測る」が目的である場合,手作り体重計の成功と考えることもできるだろう。

このカリブレーションという手法は,最近のマクロ経済学の研究で広く使われており,その分野を定量的(数量的)マクロ経済学と呼ぶ。 ここではAD-ASモデルに応用しようというのが目的である。 体重計の例を使うと,AD-ASモデルと実際経済の関係は次のようになる。

  • 市販の正確な体重計 → 日本経済

  • 手作り体重計 → ADASモデル

  • 手作り体重計のスイッチ → ADASモデルのパラメーター(外生変数)

  • スイッチの調整 → パラメーターの値の設定

  • カリブレーションで使うデータ

    • 自分の体重 → 景気循環に関する特徴

  • 評価方法

    • 他の人の体重を測り手作り体重計の誤差を確認 → ADASモデルのパラメーターの設定に使われていないデータをどれだけ説明できるかの確認

均衡式の整理#

(115)(117)を再掲する。

(118)#\[ p_{t}=p_{t-1}+ay_{t}+v_{t} \]
(119)#\[ y_t=-c p_t + u_t \]

(117)を式(115)に代入することにより,次のように整理することができる。

\[\begin{split}\begin{align*} p_{t} &=p_{t-1}+a(-c p_{t} + u_{t})+v_{t} \\ (1+a c)p_{t}&=p_{t-1} +a u_{t}+v_{t} \\ p_{t}&=h p_{t-1}+h\left(a u_{t}+v_{t}\right) \end{align*}\end{split}\]

ここで

(120)#\[ h\equiv\frac{1}{1+a c}<1 \]

この結果を利用して,以下ではADASモデルを次の2つの式で表すことにする。

(121)#\[ p_{t}=hp_{t-1}+h\left(a u_{t}+v_{t}\right) \]
(122)#\[ y_t=-cp_t + u_t \]

この均衡式の特徴:

  • (121)のみで\(p_t\)が決定され,\(p_t\)が与えられると式(122)\(y_t\)の値が決まる構造となっている。

  • (121)は差分方程式だが,式(122)は差分方程式ではない。従って,長期均衡の安定性は式(121)のみによって決定されることになる。

準備:\(h\)の推定値#

均衡式(121)\(p_t\)の差分方程式となっており,次のような自己回帰モデルとなっている。

(123)#\[ p_{t}=hp_{t-1} + e_{pt} \]
  • \(e_{pt}\equiv h\left(a u_{t}+v_{t}\right)\)

(123)を回帰式と捉えて\(h\)を推定する。 説明変数である\(p_{t-1}\)は誤差項\(e_t\)とは期間がズレているため相関していないことが分かる。

まず,dfのメソッド.shift()を使ってdeflator_cycleを1期ずらした列をdeflator_cycle_lagとしてdfに追加しよう。

df['deflator_cycle_lag'] = df['deflator_cycle'].shift()
df.iloc[:5,-5:]
price deflator gdp_cycle deflator_cycle deflator_cycle_lag
1980-03-31 71.015699 91.2 0.003269 -0.025798 NaN
1980-06-30 72.907806 93.4 -0.010845 -0.006555 -0.025798
1980-09-30 73.898630 94.4 0.000457 -0.000482 -0.006555
1980-12-31 74.771830 95.4 0.010468 0.005515 -0.000482
1981-03-31 75.694271 95.6 0.009441 0.003126 0.005515

deflator_cycle_lagには1期前のdeflator_cycleの値が並んでいるのが確認できる。

まず回帰分析をおこない,その結果を表示する。

res_h = smf.ols('deflator_cycle ~ deflator_cycle_lag', data=df).fit()
print(res_h.summary())
                            OLS Regression Results                            
==============================================================================
Dep. Variable:         deflator_cycle   R-squared:                       0.688
Model:                            OLS   Adj. R-squared:                  0.686
Method:                 Least Squares   F-statistic:                     363.5
Date:                Sun, 24 Mar 2024   Prob (F-statistic):           1.46e-43
Time:                        03:44:48   Log-Likelihood:                 697.08
No. Observations:                 167   AIC:                            -1390.
Df Residuals:                     165   BIC:                            -1384.
Df Model:                           1                                         
Covariance Type:            nonrobust                                         
======================================================================================
                         coef    std err          t      P>|t|      [0.025      0.975]
--------------------------------------------------------------------------------------
Intercept              0.0001      0.000      0.353      0.725      -0.000       0.001
deflator_cycle_lag     0.8002      0.042     19.066      0.000       0.717       0.883
==============================================================================
Omnibus:                       45.658   Durbin-Watson:                   1.686
Prob(Omnibus):                  0.000   Jarque-Bera (JB):              105.125
Skew:                           1.183   Prob(JB):                     1.49e-23
Kurtosis:                       6.084   Cond. No.                         145.
==============================================================================

Notes:
[1] Standard Errors assume that the covariance matrix of the errors is correctly specified.

<推定結果について>

  • AR(1)は弱従属的となるため,\(h\)の推定値である\(\hat{h}\)は不偏性は満たさないが一致性を満たす。

  • Durbin-Watson1.686であり残差の系列相関は排除できる。

  • 残差の均一分散

    • ブルーシュペーガン検定とホワイト検定を使うと,帰無仮説(均一分散)は「通常」の優位性水準ではを棄却される。

    • 不均一分散自己相関頑健推定(HAC)を使うと推定値ht検定は有効になるが,その場合の推定値の統計的優位性は高いことが確認できる。

  • 定数項なしで推定しても結果は殆ど変わらない。(試してみよう!)

(121)AR(1)であるため,\(\hat{h}\)\(p_t\)の自己相関係数でもあり,非常に高い持続性が特徴となっている。

以下に続く分析のために,次の変数を作成しておこう。

hhat = res_h.params.iloc[1]  # hの推定値
ep = res_h.resid        # 推定式(3)の残差

最初のスイッチ:\(c\)の値#

ここではhhatを利用してcの推定値を計算する。 均衡式(121)(122)に代入しよう

(124)#\[ y_t = dp_{t-1} + e_{yt} \]
  • \(d\equiv -ch\)

  • \(e_{yt}\equiv (1-ach)u_t-chv_t=\left(1-\dfrac{ac}{1+ac}\right)u_t-chv_t=hu_t-chv_t\)

(124)を推定式として\(d\)の推定値を計算する。

res_d = smf.ols('gdp_cycle ~ deflator_cycle_lag', data=df).fit()
print(res_d.summary())
                            OLS Regression Results                            
==============================================================================
Dep. Variable:              gdp_cycle   R-squared:                       0.065
Model:                            OLS   Adj. R-squared:                  0.059
Method:                 Least Squares   F-statistic:                     11.41
Date:                Sun, 24 Mar 2024   Prob (F-statistic):           0.000910
Time:                        03:44:48   Log-Likelihood:                 472.63
No. Observations:                 167   AIC:                            -941.3
Df Residuals:                     165   BIC:                            -935.0
Df Model:                           1                                         
Covariance Type:            nonrobust                                         
======================================================================================
                         coef    std err          t      P>|t|      [0.025      0.975]
--------------------------------------------------------------------------------------
Intercept           1.594e-05      0.001      0.014      0.989      -0.002       0.002
deflator_cycle_lag    -0.5437      0.161     -3.378      0.001      -0.861      -0.226
==============================================================================
Omnibus:                       46.569   Durbin-Watson:                   0.696
Prob(Omnibus):                  0.000   Jarque-Bera (JB):              154.973
Skew:                          -1.048   Prob(JB):                     2.23e-34
Kurtosis:                       7.228   Cond. No.                         145.
==============================================================================

Notes:
[1] Standard Errors assume that the covariance matrix of the errors is correctly specified.

<推定結果について>

  • 説明変数\(p_{t-1}\)は誤差項\(e_{yt}\)と相関しておらず,定常過程であるため,\(d\)の推定値は一致性を満たすことになる。

  • Durbin-Watson検定量は0.696であり残差の正の系列相関が疑われる。

  • 残差の均一分散

    • ブルーシュペーガン検定とホワイト検定を使うと,帰無仮説(均一分散)は「通常」の優位性水準ではを棄却される。

  • 不均一系列相関頑健推定(HAC)を使うと推定値dt検定は有効になるが,その場合の推定値の統計的優位性は高いことが確認できる。

  • 定数項なしで推定しても結果は殆ど変わらない。

\(d\)の推定値である\(\hat{d}\)は負であり,モデルに沿った結果である。 推定値をdhatに割り当てることにする。

dhat = res_d.params.iloc[1]

ここで重要なのは,\(-d\equiv ch\)となり,\(c\)の推定値を次式で計算することができる。

\[ \hat{c} = -\frac{\hat{d}}{\hat{h}} \]

この値をchatに割り当てよう。

chat = -dhat / hhat
chat
0.6794198263556813

これが「最初のスイッチの調整」である。また後に続く計算のために推定結果の残差を割りてて次の変数も作成しておく。

ey = res_d.resid

2つ目のスイッチ:\(a\)の値#

(120)では,\(h\)\(a\)\(c\)の関数となっている。 すでに\(h\)\(c\)の推定値を計算しているため,この式を使うことにより簡単に\(a\)の推定値を計算することができる。 式(120)を整理すると次式となる。

\[ \hat{a} = \left(\dfrac{1}{\hat{h}}-1\right)\frac{1}{\hat{c}} \]

計算結果をahatに割り当てよう。

ahat = (1/hhat - 1) / chat
ahat
0.3674839411643057

これが「2つ目のスイッチの調整」である。

3つ目のスイッチ:\(\sigma_v\)の値#

\(\sigma_v^2\)の値も回帰式の結果を使い設定する。 式(123)の誤差項\(e_{pt}\)\(u_t\)\(v_t\)の線形関数となっており,同様に,式(124)の誤差項\(e_{yt}\)\(u_t\)\(v_t\)の線形関数となっている。 以下に再掲する。

(125)#\[\begin{split} \begin{align*} e_{pt}&=h(a u_{t}+v_{t})\\ e_{yt}&=h(u_t-cv_t) \end{align*} \end{split}\]

これはAD-ASモデルを前提とした理論上の関係であり,全てが観測不可能である。 しかし,\(a\)\(h\)にはその推定値\(\hat{a}\)\(\hat{h}\)を使い,\(e_{pt}\)\(e_{yt}\)については残差\(\hat{e}_{pt}\)\(e_{yt}\)を用いることにより,\(u_t\)\(v_t\)を求めることが可能である。 式(125)\(u_t\)\(v_t\)の線形連立方程式となっているため,簡単に次のように書き直すことができる。

(126)#\[ \hat{v}_t=\hat{e}_{pt}-\hat{a}\hat{e}_{yt} \]
(127)#\[ \hat{u}_t=\hat{c}\hat{e}_{pt}+\hat{e}_{yt} \]

ここで\(\hat{e}_{pt}\)\(\hat{e}_{yt}\)は残差を,\(\hat{a}\)\(\hat{c}\)は推定値を表しており,これらを使って計算した需要・供給ショックを\(\hat{v}_t\)\(\hat{u}_t\)として表している。 まず式(126)を使い,結果をvtに割り当てよう。

vt = ep - ahat*ey

vtのデータ型はSeriesであり,メソッド.std()を使うと簡単にvtの標準偏差を計算することができる。 結果をv_stdに割り当てよう。

v_std = vt.std()
v_std
0.006610407413554629

この値を\(\sigma_v\)に使うことにする。これが「3つ目のスイッチの調整」である。

4つ目のスイッチ:\(\sigma_u\)の値#

同様に,式(127)を使うと,\(\hat{u}_t\)の標準偏差を計算することができる。 u_stdに割り当てる。

ut = ey + chat*ep
u_std = ut.std()
u_std
0.014412515882286042

この値を\(\sigma_u\)に使うが,これが「最後のスイッチの調整」となる。

v_stdu_stdを比べると,後者の値がより大きい。 ADASモデルの枠組みで考えると,需要ショックの変動幅が大きいことを示している。

パラメーターの値:再掲#

print(f'aの値:{ahat:.3f}')
print(f'cの値:{chat:.3f}')
print(f'uの標準偏差:{u_std:.6f}')
print(f'vの標準偏差:{v_std:.6f}')
aの値:0.367
cの値:0.679
uの標準偏差:0.014413
vの標準偏差:0.006610

需要ショック(\(u_t\))の標準偏差が比較的に大きく,供給ショック(\(v_t\))の2倍以上となっている。この結果は,以下で考察する定量的な問に関する結果を理解する鍵となる。

次章では,これらの値を使い定量分析を更に進めていく。